エモ捨て場

言葉にされない気持ちの墓場

暗闇

一週間抜いてない。つまり射精していない。なぜなら彼氏が仕事を辞めてずっと家に居るからだ。オナニーするための、一人の時間がないのだった。
彼氏はその間、料理や洗濯などの家事をしながら、その他の時間は散歩をしたり銭湯に行ったり、あとはアマゾンプライムでドラマを見たりしている。
月末には一週間ほど旅行に行くそうだ。

そんな彼をみて羨ましいなと思った。毎日仕事を辞めたいと思ってるのに、なぜ僕は辞めれないのだろう。
彼が退職する理由を僕はなんとなく聞いたのだけれど、あまり判然としなかった気がする。
少し引き留めもしたけれど、それは本人の意思に任せようとも思った。それは冷たいことだろうか。

彼氏とはもう何年も付き合っているけれど、月に一度か二週間に一度くらいセックスをして、別に仲が悪いとかスキンシップが嫌だとか、そういうことはない。

月末にある旅行もちゃんと帰ってこれるか心配だった。彼は僕にとってかけがえのないものなのだと思う。

しかし、せっかく溜まったスタンプを何か景品に換えたいというか、山崎春のパン祭りでシールが溜まったのでお皿に交換しようか、みたいなそんな風に思った。
ダイエットした後に、思い切り暴飲暴食したい、みたいな、同じものを食べていると飽きる、くらいの感覚だった。

 

 

 

そこは急な坂を上った雑居ビルの3階にあった。
何をモチーフにしているのだろう。錆びた錨や舵、マリン柄の布が飾られており、アンティーク調で古い船内のような雰囲気だった。
千円を支払って、靴をビニール袋の中に入れる。入口を入ると、そこにはパンツ姿の男、男、男。
ロッカースペースには人がいっぱいで、シャワー待ちには行列ができていた。
小学校の頃の水泳の授業を思い出した。最初に浴びる冷たいシャワーは心臓が少しドキっとするけれど気持ち良かったな。
塩素の匂いのする爽やかな水の中ででまたクロールしたい、なんて思ったけれど、これから僕が入るのはそれとは真逆の生ぬるい体温が暗闇でひしめく性欲の水溜りだった。


シャワーを浴びると、僕はその内部へと歩いて行った。
全体が人が二人すれ違えるかギリギリの細い通路になっており、薄暗い空間は赤いライトで照らされている。
その途中にシンプルな個室や行き止まりには布団が敷いてある雑魚寝できる大部屋があった。


ここは、釣りをしているかのような棒立ちの男たちと、回遊魚のようにぐるぐる歩き回る男たちとの二種類の人間に分かれていた。それぞれがねっとりと視線を絡ませて、品定めしている。僕はそこで回遊魚になりしばらくさまよった後、餌に食いついた。
一人の男の腕を柔らかく撫であげる。彼も僕の体にさわり、目を合わせてたが言葉はなく、お互いに触れあった。
僕よりも背の高い彼の唇。少し太い眉毛。色白できれいな目をしていた。
唇を近づけるけれど、ふれず口の周辺へ柔らかくタッチさせる。甘い。僕は彼の体に爪を立てるよう、お腹や太ももをなでた。
そうしているうちに僕よりも身長の高い彼の、僕のおへそのあたりにあたるパンツの生地の内側で固くなるものを感じた。


僕たちは個室に入った。
唾液を手に出すと、普段よりもそれは熱く感じられて、手の隙間からぽたぽたと垂れて足の指に落ちた。
僕はその液体を、パンツからはみ出しそうな彼のものに塗ってゆっくりとしごき始めた。
しゃがんで匂いを嗅ぎ、口の奥まで入れて上下させ、全身をくまなく触り、触り合い、がちがちになったあれにローションをつけ、亀頭を優しく手で包み込むように扱いた。


よく見ると彼は中学のころの同級生香川君に似ていた。
香川君は背が高く、僕が好みの可愛い顔をしていた。中学1年生で身長が180cmくらいあった彼は色白で、というか顔色が少し悪く、それは体の成長に内臓が追い付いていないからだと話していた。
彼は英語の授業中ライトノベルを読んでいたことが先生にバレて、怒られて泣いていた。身長は大人みたいなのに中身は子どもだった。
黙々と涙している香川君の顔はやっぱり可愛かった。泣いている人の顔が僕は好きだ。
虐めたいという気持ちと守ってあげたいという気持ちがないまぜになる。僕はきっと、どこか弱くて可哀想な人が好きなのだと思う。それはなぜだろう。


指を一本、二本といれていき、その本数を少しづつ増やしていく。挿入すると彼の中は熱く、内側からぎゅっと締め付けられるような感触がした。
足を上げるかれの体に覆いかぶさるような正常位で、キスしながら口のなかに舌を入れ、かき乱した。
「かかっちゃうけど良い?」僕はコンドームを外して、彼の体に一週間分の精子をぶちまけた。
行為が終わると、ドロドロになったお互いの体をティッシュで拭き合った。
僕の体は熱くて、汗ばんだ体で抱き合った。
「ありがとう」と言ってキスをして、熱くなったおでこをコツンと合わせた。


僕たちはそれぞれ別のシャワーに入った。そして入口で顔を合わせたけれど、何も言わずに別れて、僕がロッカーから荷物を取り出して外に出ると、もう彼の姿は見えなかった。


思い返すと、彼はあまり僕と目を合わせてくれなかったな。きっと誰でも良かったのだと思う。それは僕も同じか。帰り道、興奮しながらも少し冷静になった頭でセックスに関わる様々なリスクを思い浮かべた。
愚かだな。馬鹿らしいな。これで少し寂しいと思うのは本当に意味がなさすぎて、でもいいか、意味なんて濁った水みたいなものだし。みんななんで濁った水ばかり飲みたがるのだろう。


ある映画のワンシーン

「あなたはなぜ、自分を世界一愛してくれる人がいるのに、それで満足できないの?」
僕はなぜ好きな人がいるのに、他の人とセックスしたいと思うのだろう。その答えは自分でも少し分かっている気がした。
もう仕事とかで充実感を持てなくなった僕は、どんな方法でも良いから誰かに肯定されたかったのだった。
ただ抜きたいだけではなかったのか。可哀想な人が好きだ。それは僕の彼氏も同じだろうか。僕は自分より可哀想だと思える人じゃないと好きになれないのかもしれない。


このまま100人とエッチしたい。蕩尽したい。僕はもう今日セックスした相手の顔なんてちゃんとは思い出せないし、どんな人間かも分からないけれど、自分の何かを差し出したいと思った。
もうこれが愛で良いよ。僕はもう死んでもいいと思った。自分さえももう誰かに差し出していいと思った。死にたい。エロいことがしたい。

 


手のにおいを嗅ぐと、少しゴムの匂いが残っていた。