エモ捨て場

言葉にされない気持ちの墓場

労働と報酬

騒がしくネオンが光る大通りを一本裏に入った細い路地で、表札も何もないドアの前に僕は立っていた。
「もしもし。予約した山村ですが、いま店の前にいます」
「分かりました。じゃあ、インターホンを押してください。」
「どうぞ」


ドアを開くとそこには急勾配の階段があった。どういうつもりなのか、階段は悪趣味な金色をしていた。
「山村様、お待ちしておりました」
髪のさらさらした可愛らしい顔の男が、僕の偽名を呼んで出迎えてくれた。
彼もボーイなのだろうか。その男に連れられて2階に上がると、いくつか部屋があり、その一室に僕は案内された。


「少々お待ちください。」
扉が閉まると僕は部屋の中を見渡した。アパートを改築したのだろうか。
二人掛けのソファと、細長い姿見、壁に掛けられた写真、ダブルベット。入って左の扉を開けるとシャワールームがあった。
部屋は思いのほか綺麗で新しそうに見えた。ベットの枕元にはローションが置かれている。


「先にご料金を頂いてもいいでしょうか」
ノックをして入ってきた髪がさらさらの男はそう言った。
僕はこれから過ごす1時間30分という時間のために18000円を支払った。


しばらくすると再度ノックがあり、僕の指名した「こうせい」君が中に入って来た。
ウェブサイトで見たプロフィール「身長173cm体重65kgP16」の彼は肩幅が広く、顔はとある俳優に似ていた。
「可愛いね。若いよね、何歳?」彼は言った。
お世辞だと分かっていても、可愛いと言われるのは照れ臭くも少し嬉しかった。
「28歳…こうせい君は何歳だっけ?」
「…23」と、ほんの少しの間を空けて彼はそう答えた。
きっと本当の年齢ではないのだろう。でも、そんなことはどうでも良かった。


「すごく緊張してるよね。ヤバい。可愛いなぁ」にやけながら彼は言った。
客という立場にも関わらず、年下の男の子に対して堂々としていられない自分が恥ずかしかった。
しかし、これから起こる出来事に確かに僕は少し緊張していた。
彼は僕の隣に座ると、首元に顔を近づけた。
「すごいね。もう固くなってる?」
彼はズボンの上から僕のチンコをなでた。
唇は柔らかくて、「キス好き?」と彼は僕に尋ねた。「好き」と短く僕が答えると、「嫌な事しないから、ちゃんと言ってね」と彼は優しくそういって続けた。


僕たちは立ち上がってお互いの服を脱がせ合った。彼の身体は締まっていて、うっすらと腹筋が浮かびあがっていた。
もともとやせ型だった、僕は社会人になってからその不摂生な生活でぶくぶくと太ってしまい、今では60kgを超えるようになってしまった。
筋肉のまるでない、たるんで横腹が大きくでてしまった僕の体は不均整で、一番だれにも需要のない体型になってしまっていた。
自分の体と比べて久しぶりに見る、筋肉質な男性の身体は、本当にきれいで、興奮した。


「俺、汗っかきなんだよね」とそう言う彼の体温が温かった。
僕は彼のボクサーブリーフに顔を埋めると、少し汗臭い蒸れた匂いがして、パンツをおろして彼のものを口に含んだ。
彼のチンコはカリが高くて僕のものよりも二回りほど太かった。口のなかがいっぱいになるほど彼のものは大きかった。


シャワーを浴びた後、僕たちはベットの上で抱き合っていた。
チューブから出した流れ出した柔らかい粘性の液体は僕たちの手の中で零れ落ちそうにいっぱいになった。
こんな体になってしまった自分でも、こうせい君がちゃんとチンコを勃起させてくれていることが嬉しかった。
いや、それはこうせい君がちゃんとしたプロフェッショナルだからなのかもしれないけれど、でも僕は、少しは性的な対象として見られていることに安心した。


「可愛い」「ヤバい」「エロい」「気持ちいい」
僕と彼が交わす言葉はほとんどそんな短い言葉だけで成り立っていて、それはほとんど会話とも言えないものだった。
きっとカラスや犬や猫のほうが、その鳴き声でもっと知的なコミュニケーションを成り立たせているだろうということが予想された。


「てー、パーにして」
と、彼は僕のローションまみれの僕の手を自分の亀頭にぐりぐりと押し付けた。
彼は亀頭を責められるのが好きだと言った。
その交わりのなかで僕は2回、顔にまで届くような射精をして、彼も一回イってくれた。
彼の精子はアツくて、イッたあとにしごく手を止めなかったら「潮吹きしちゃうからダメ。」という彼の少し恥ずかしそうな顔が本当に可愛いかった。


「好きな食べ物ってある?」僕はそう聞いた。
コトが終わった後、僕たちは他愛もない会話をしていた。
「親父が、結構食事にうるさい人だったんだよね。焼肉とかホントは好きなんだけどの焼き加減とかすごく気にするから一緒に行くのが嫌で。
だから普通に定食屋とかで食べる生姜焼き定食が一番好きかな。決まったものしか出ないなら何も言われないもん。」
そんな風に言う彼のことが、僕は彼が一人の人間として生きていることをとても愛おしいと思ったし、恋愛にも似た好意を抱いてしまった。


服を着替え終わるといよいよ、終了時刻に迫っていた。
「何か食べて帰るの?」彼は聞いた。
「ラーメンでも食べて帰ろうかな。」
「いいな。ラーメン。俺も食べたいな。」
一緒に行こうよ、と言いそうになったけれど、その後に続く言葉がどんなものであれ、怖くなったのでやめた。
ここには労働とその報酬がある、ただそれだけなのだ。


「じゃあね」
僕と彼は、「またね」とは言わずに扉を閉めた。