またどこかで
前を歩く男性を目で追う。紺色のポロシャツ、グレーのスラックス。シャツの上からでもズボンから少しだけはみ出たぜい肉が分かる。袖からのぞく二の腕、鷲掴みにして脇に鼻を寄せればどんなに匂いがするだろうか。男らしさを煮詰めたジューシーな体臭を想像する。黒い肌、グリースでまとめられた短髪、刈り上げられたうなじがセクシーだ。隣にいる彼女でさえ、性的なアクセサリーに見えた。
別の男に目をやる。白いシャツ、痩せて引き締まった身体は背中から薄く肩甲骨のラインが見える。ウレタンのマスクは下着の薄い生地を連想させる。マスク越しにキスをしたらどんな感触がするだろうか。
電車に乗ると僕の目は男性たちを物色し、席の両端から両端まで嘗め回すように見つめ、この人とはセックスできこの人とはセックスできないという仕分けが無意識に始まっていた。
ハウリング「今すぐ会いたい」を更新する。やりたい。プロフィールをみて近場の男たちに「イイね」ボタンを押す。「イイね」ボタンを押す。「イイね」ボタンを押す。
疼く性欲をうまく飼いならせないのだ。自分についた足跡はタイプじゃない男を片っ端からブロックした。お互いそのほうが幸福だ。メッセージを見返していると、数日先に合う約束をしていた男が見当たらないことに気づいた。ああ、そうか、今度は自分がブロックされる側になったのだと呆然とする。「いつか会いましょうね」とやりとりをしていた別の男へメッセージを送る。数時間しても返事はなく、よくみると最終ログインは1週間前となっていた。
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乱交する夢をみた。実物は見たことがない、発展場にあるというケツホリブランコに吊るされ、痩せた人太っている人、タイプな人タイプじゃない人に代わる代わる入れられて気持ちがよかった。
そんな淫靡な夢を見て今日は×××に行こうと思った。目が合った長身の男と個室に入った。首筋にキスを繰り返した。
鏡の中の自分と目が合った。僕は僕自身をにやりと三日月型になった目で見つめ返していた。何がおかしいというのだろうか。
会社の同僚にやや嘲笑気味に聞かれた。
「いつも穏やかですよね。怒ることとかあるんですか?何でストレス解消してるんですか?」「そうだねぇ。寝ると大体のことは忘れちゃうよ(笑)」
セックスセックスだよ。やりまくってんだよ。好きでもなんでもない男でも舌を絡め合わせて唾液交換してるとそれだけで頭の中が真っ白でゴミみたいな仕事のこと一つも思い出さなくて済むんだよ。クソが。
キスをするとミントの爽やかな匂いがした。「俺、早漏なんだよ。」ローションで扱くとたまらないという表情で苦悶する彼の顔を眺めて楽しんだ。余計な肉の一切ないやせ型の身体にはうっすらと腹筋が浮き出ている。愛しさを込めて腹に頬を擦りつける。
「ずっとこうしてたい。今日は来て良かった」男は言った。
今晩の晩御飯はなんだろう。僕は抱き合いながら、家に帰ると待っている食卓のことを考えながら少しだけ微睡んだ。
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男は大柄で180cm以上はあるだろう。太ってはいないが、どこを触っても柔らかい身体が心地良かった。
「たくさん虐められたいです。たくさん寸止めされたりいじわるされたいです。」彼はそう自己申告した。僕と20cmも背丈の違う大男がそう言ってくるのは愉快だった。
彼はマスクを外さなかった。彼の口へ唾液を流し込みたかったが、キスをしても唇を重ね合わせるだけだった。彼のほのかな口臭からキムチやチャーハンなどさっき食べたかもしれない料理を想像した。
ローションをつけた掌で亀頭を包み込むように撫で回す。男は困ったような顔で僕の目を見つめた。出ちゃうよ漏れちゃうよと続ける。
僕は彼の被虐的欲望を叶え、何度も何度も発せられる「いきそう」という言葉と、実際に射精するギリギリのラインを攻めるチキンレースを繰り広げた。しかし、あまり喘がない彼に責め甲斐を感じることができず、うまくノることができなかった。言葉巧みに彼を辱める言葉が吐けたら良かったのだけれど。寸止めを繰り返して最後は兜合わせでイッた。
出したあとも彼のモノは固いままだった。「あんまり萎えないんですよね。」僕は二回戦をやる気力がなかったので、そのまま個室を出た。
シャワーを浴びた後、服を着て扉を出るとエレベーターが来るのに少し時間がかかった。彼も乗り場で一緒になり、階段で降りるんだったと後悔しているうちにエレベーターが到着した。
「よく来るんですか?」
気まずい思いを抱える僕とは裏腹に彼は気さくにそう聞いてきた。
「たまにかな…。よく来るんですか」僕はそう尋ねる。
「月一くらいかなぁ。よく⚫︎⚫︎に行ってるんですよ。」
「ああ、⚫︎⚫︎ね。若い子好きなの?」
「若い子は責めたいっすけどね。プラスマイナス五歳くらいなら。」
リブのある厚手のTシャツをぴったりと着こなしている。クラッチバックをつまむように持ちながら歩く彼の姿を改めてまじまじと眺める。短い髪は艶やかなジェルで整えられていて、ガタイも良く浅黒い肌が健康的だった。モテそうだと思った。
「〇〇町に住んでるんすよ。」と駅までの帰り道聞いていないことまで話してくれる彼は、僕に少し気があるのか、持ち前の人懐っこさを振りまいているのか判断が付かなかった。
彼が本当に出会いたいのは、自分の欲望を口にしなくても快楽の加虐を尽くす君主であり奴隷だろう。僕はそれができないので、深く関わるのはやめようと思った。
「またどこかで。」
僕はそう言って振り向かずに改札をくぐった。
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彼のモノは最後まで勃起しなかった。ロッカーキーは右手にしていたのだから責めるのが好きなのだろう。
スポーツブランドのロゴマークが入った黒いマスク。少し弛んだ体は抱き合うと気持ちが良かった。胸を揉むと柔らかかったけれど乳首に触れても感じた素振りはなかった。
キスはしない代わりに、おでこを重ね合わせると彼の呼気と汗で少し湿ったマスク越しにミントの良い匂いがした。
彼にとって僕は暇つぶしでしかないのかもしれない。練習台でしかないのかもしれない。
感情の果てにあるセックスではなく性欲の果てにあるセックス。セックスですらない、扱き合い、乳繰り合い、汚し合い。ただの遊び合いだ。弄び合いだ。いつからか挿入のない行為がどこか偽物のセックスだという感覚を覚えるようになった。偽物でも気持ち良ければいいのだけれど。行為の途中、彼とは以前にやったことがあるような気がしていた。ただ、そのときのプレイがどんなふうだったかは覚えていなかった。
「キスしてもいい?ダメ?」「いいよ」
そう耳元で囁くと彼はマスクを下ろしてくれた。無精髭が生えた唇をそっと重ね合わす。
唇を濡らすように舌で少しだけ触れてくれた。僕が気持ちいいと漏らすと何も言わずにただ笑みを溢した。個室を出る前、彼は僕を抱きしめた。僕も彼を抱きしめ返した。甘えるように胸に顔を埋めた。感情が入る余地なんてないはずではなかったのか。馬鹿なことに、彼が僕に対してほんの少しでも好意を持ってくれたらいいなと期待した。
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コンビニで待ち合わせした彼は部屋着のままその場に姿を現した。
「髪もぼさぼさですみません」
言うほどぼさぼさではなかったが、黒いTシャツには細かい繊維がたくさんついているのが分かった。
「急な誘いなのにありがとうございます」僕がそういうと「全然」と彼は答えた。
短時間のやり取りのなかで彼の口癖が「全然」だということが分かり、少し舌足らずな話し方のせいでその言葉は「デ」と「ゼ」の中間のような奇妙な音の繰り返しに聞こえた。
抜き合いを終えると彼は僕をマンションの外まで送ってくれた。
「ありがとうございました」「全然」
帰り道アプリを開くと僕はブロックさたのかメッセージは見当たらなくなっていた。
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「タチなんですね(^^)まだ、自分ウケしたことないですねー💦」
「チンコデカいのですかー?」
「抜き合いとかしたいですね!」
48歳の彼から送られてくるメッセージはネットでよく見るオジサン構文さながらで、絵文字が多用されており可愛く思えた。また、返信していないのに次々と届くメッセージは突飛もないことを言い出しスリリングで面白かった。
部屋に入ると、ロフトベットのついたワンルームはほとんど荷物がなかった。少しだけ漂うタバコの匂い。この年代の男性の部屋に入るのは初めてかもしれない。少し色の入った眼鏡を外す。ちょい悪的な風貌のその人は話すと気のいいおじさんという感じで、ゲイがよく持つ丁寧さだとか品の良さは微塵も感じず、その粗雑さが男らしく魅力的だと感じた。
膨らんだお腹からズボンを下ろすと頭髪と同じように下の毛にも白い毛が混じっていた。
「今日は、ありがとう☺また、宜しくおねがいします💕」
帰り道メッセージが届き今度はこのおじさんのきっとあまり面白くない話でも聞きながらお酒でも飲みたいなと思った。
「また、どこかで」