エモ捨て場

言葉にされない気持ちの墓場

バイオリン

そこまで辿りつくのに、なぜかとても時間がかかったように思えた。
僕たちは回廊のような廊下を渡り、ランプが灯っている2階の一番奥の部屋に入った。

 

部屋にはショーケースがはめ込まれており、中にはおばあさんが好きそうなメルヘンチックな人形が何体も鎮座していた。
淡いピンクや水色の洋服を着た白い肌の人形。その周りを安っぽい電飾がピカピカと光っていた。

 

僕たちはコートを脱ぐと、テレビをつけた。テレビの中では裸でバイオリンを弾きながら女の人が犯されていた。
「すごいねこのシチュエーション。」思わず笑いながら僕は言った。
「一服していい?」彼はそう言ってタバコを吸い始める。
薄暗い空間に白い煙が立ち込める。大人しそうな見た目なのに煙草を吸うんだ、意外だなと思った。

 

ベットの枕元にはいくつかのスイッチがあって、その一つを押すと色とりどりの小さなライトが部屋をぐるぐると回った。
メルヘンチックな部屋の雰囲気とは似合わない熱帯魚の絵がブラックライトによって照らし出された。

 

服を脱がせ合う。お互いの裸を見つめ合った。
僕は彼の乳首を犬や猫がミルクを飲むように、舌先で舐めた。
お互いの性器をしゃぶり合ったり、唾で濡らし重ね合って扱いたり、その状態で腰を動かしたりした。

 

興奮が高まると彼は「入れて欲しい」と言った。

彼の穴に入れる。腰を動かし、キスをしてしばらくして僕は突き刺さっていたものを抜いた。
穴に入れるという行為に興奮がないのだった。
それはなぜだろう。自分が前立腺だとか肛門への出し入れをあまり気持ちいいと思わないからだろうか。
僕は、女性に対して性的興味がない。そして興味のある男性に対しても挿入する行為に快感を覚えない、二重の不能者だった。
それでも、お互いの身体をこねくり回しているうちに固くなったそれを、彼の空洞に押し込み、バックの態勢で抜き差ししていると気持ちよくなった。
飛び出した精液は彼の肩にまでかかった。

 

僕がイッた後、彼は「正常位で突いて欲しい」と言って抱き合った僕にしがみついた。
萎えた性器のまま、僕は身体を動かした。身体が熱くなり、汗ばんだんだ。

 

行為が終わった後、天井を眺めると蛍光塗料で塗られた小さな星々が輝いていた。
僕は彼の欲望をきちんと叶えられなかったな、と思った。
少し前に怪我をした中指には絆創膏が貼られていていたけれど、ローションや唾液や、精液でぐちょぐちょだったので剥がしてしまった。
この傷が精液に触れて、病気や死に繋がる可能性があるだろうか。
愛し合う男女にとって次の生に繋がる行為が、同性愛者にとっては何も生み出さず死と隣り合わせだというのは、裸でバイオリンを弾きながらセックスをするくらい、なんて滑稽なのだろう。
そう思って笑った。