エモ捨て場

言葉にされない気持ちの墓場

終着駅

「ひとは快楽のなかで、快楽のために生きて、幸福になることができるのか? 快楽主義の理想は実現可能なのか? その希望は存在するのか?すくなくとも、その希望のかすかな光は存在するのか?」
(ミラン・クンデラ『緩やかさ』)


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「検査行ったらさ、気づかない間に梅毒なってだんだけど、治ってたんだよね。全然症状とかなくて。でも抗体っていうの?検査する度にかかった履歴みたいのがでちゃうんだよね」
ホテル街を歩きながら彼はそう言った。レンガ造りの外壁を色とりどりのライトが煌々と照らし、入口近くで湧き出る噴水に反射してきらきらと輝いている。
「お互い相手がいるから、気をつけなきゃね。」

偽物。ここはお城じゃないし、夢の国でもない。ベットの上で好きと言い合ったけれど、僕たちは恋人ではない。
だからと言ってなんだろう。そもそも同性愛なんて男女の恋愛の真似事じゃないか。そうか、僕たちは本当の愛に辿り着けないのは、そういった理由なのか。

ストライプのネクタイと紺色のスーツ、ボックス型のリュック。短い前髪を上げた彼は見るからにサラリーマンという感じで興奮した。
シャツのボタンを開けるとベージュ色の肌着を着ていた。なぜ白ではないのだろう。そう思いながら薄い布の上から少し爪を立てて柔らかい肉を撫でた。
お互い裸になってもシャワーは浴びなかった。

「汚いからダメだよ」
「全然臭くないよ」
彼はそう言って僕の××を舐めた。生暖かい唾液と柔らかい舌の感触を思い出す。

梅毒って自然治癒する病気なのだろうか。情事を思い出しながら、僕はどう返事をしたらいいのか分からず曖昧に「そうだね」とだけ短く答えた。


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「エッチの相性が最高なんだよなあ。なんか抱き合ってるとさ、幸せだなあって感じるんだよね」
彼は8年も付き合った恋人と最近になって別れたのだという。僕は彼の人生に踏み込むのが怖く、その理由を聞き出すことはできなかった。


「付き合ってる人ができたから、キスはできないけどそれでもいい?」
そんな風に言っていたたけれど、「やっぱり我慢できない」と結局彼はすぐに舌を入れてきた。

固くなったモノを喉奥に何度も何度も突き、涙ぐんでえずくとぬめぬめとした唾液とは違う液体が喉の奥からこみ上げてくる。
それをローション替わりにして亀頭を撫で上げると彼は低い声で喘いだ。

今度会ったときは、彼が長年連れ添った恋人と別れた理由を聞いてみよう。僕が今置かれている状況の教訓のような何かが得られるだろうか。
彼が恋人と過ごしたマンションの一室、手をぎゅっと握りながら、乾いた心でそう思った。


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「最近何か映画とかドラマとか見てますか?」
今際の国のアリスかな。面白かったよ」
「いま話題ですよね。見てないんですけど…。」
「アニメだとダイの大冒険とか、呪術廻戦とか見てるかな」
「呪術廻戦、面白いですよね、漫画読んでます」

短い質問と応答で終わる会話を繰り返しながら、少し悲しい気持ちになった。お互いの好きなものを分かったとしても、僕たちはそれからどうにも進展のしようがない。
毎回セックスした後、彼の家から数駅離れた場所で食事をする。最近の僕は小説も読まずテレビや映画も見ず、ただ断片的なインターネットの情報に没頭してばかりだったので、何も自分の体験として語れるものがなかった。
彼との会話を通して自分のからっぽさを覗いている気がして虚しくなった。

僕は彼をガンガン突いてトロトロになった中を深くかき乱した。
騎乗位、正常位、後背位、立ちバック、寝バックと様々な体位を一通り試した後、ぶっかけようしてチンコを抜いてしごくと射精された精液は彼の頭上を越えて奥の壁にまでかかった。
「中だししたら赤ちゃんできちゃってたね」
彼は言った。いっそそうなったら良かったのにね。そういう仕組みになっていないから僕たちの関係は、いや男性同士の性愛全般は、こんなにも軽いのだろうか。
僕たちの人生は軽いよね。良く言うと身軽だけれど、吹けば飛ぶようにお互いペラペラだね、何の責任も何の約束さえもないのだから。
クリスマスが近かったのでケーキを食べに行こうという話になっていたけれど、最初に入った中華料理店で二人ともお腹がいっぱいになったという理由ですぐに解散した。
駅のホームでそれぞれ行き先が別の電車に乗ることになった。


「また来年会おうね」

 


快楽主義の終着駅は虚無だ。それでも…