エモ捨て場

言葉にされない気持ちの墓場

道具

窓の外は晴れていて爽やかな風で洗濯物がそよいでいた。
何度か通う彼の部屋は程よく整理されていて落ち付いた。
全ての家具をニトリや量販店で揃えた僕の家とは違う。高そうなソファやベットが並んでいる。
テレビの脇にはロボットアニメのフィギュアが飾られている。
「最近はなかなか時間なくて作れないんだけどね」
部屋の片隅に箱のままの積まれているプラモデルをちらりと一瞥して彼はそう言った。
僕は背の高い彼の首に手を回した。少し背伸びをし、目を閉じてくちづけした。

 


そういえば、僕の父もプラモデルが好きだった。
実家の居間にはショーケースがあり、家族写真と一緒に父が若いころに作ったガンダムやら名前の分からないロボットのフィギュアが展示されている。
父は昔流行っていたUFO番組や怪奇現象のテレビをよく見ていた。いつかピラミッドやナスカの地上絵を見てみたいと言っていた。
僕は父がお風呂の中で話してくれる面白おかしい作り話が好きだった。それは小学校のころ教科書の音読を聴いてそれを作り替えたものだった。
友達のいない僕のために、父は遊戯王カードの遊び相手になってくれた。子ども心が分かる人だった。いや、今もそうかもしれない。
しかし、父は歳を取るごとに仕事熱心になり、そうした子どもっぽい趣味を忘れていった。
プラモデルの箱は残っているが、食器棚の上で埃まみれのまま眠っている。
実家の和室の中には孫のために買った大きなトーマスの乗り物がレールの上をぐるぐる回っていた。
父はもうピラミッドに行きたいなんて言わないんだろうと、なんとなく思った。

 


ローションで滑らかにした彼の中に中指を入れると、色っぽく喘いだ。
僕は父のことを思い出しながら、急に悲しくなったり、彼のことを愛おしく思ったりした。
挿入しても僕のものは固さを維持できずに、外に押し出されてしまう。それでも、彼は気持ち良かったと言ってくれ、一緒に少し眠った。
微睡のなかで、彼と恋人が交換可能なものか、そういった考えが頭の中を過る。交換?人をモノのように言うなよ。
恋人と一緒に寝るのも、彼とこうして布団に入るのも同じくらいの幸せなら、僕はなぜ今の恋人と一緒にいるのだろう。

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「今日これから空いてますか?」
連絡すると、彼はすぐにラインの返事をくれた。
「連絡ありがとう。今すぐに向かうから」
45分後には彼はもう待ち合わせの場所に到着したのだった。
彼は僕の唾液を飲むのが好きで、口から落とした液体を美味しいと言って飲み込んだ。
「もっと唾欲しい」
足を開いて向かい合う。ローションでぬるぬるになった手でお互いのものを扱いた。
「俺、オナニーのときによくこのシーン思い出すんだよね。」
そう言われたのが嬉しくて、69のかっこうになったときに彼のアナルを舐めてしまった。
「汚いよ」と彼は恥ずかしそうな、でも悶えているような声で言った。
もう十分僕自身が穢れ切っているので、どれだけ汚くても関係ないのです。
僕は彼を一方的に、道具のように呼び出してしまった。
しかし、僕たちはどうせお互いがお互いの道具であることには変わりないのだから、別にいいのかもしれない。


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初めて既婚の人と交わった。
いや、知らなかっただけで本当は既婚の人とヤッたこともあるのかもしれない。
僕がイッた後、彼もいって、二人分の濃い精液で半分ゼリー状のどろどろになった手をぎゅっと重ね合わせた。
彼は左手にシンプルな銀の指輪をはめていた。手を重ね合わせると、体温で温まった金属のなまぬるい温度が伝わった。
見つめ合うと、瞳が綺麗で、本当は全ての人の目がそういうものなのかもしれないけれど、愛を感じた。


「お互い立場が立場だし、無理ない範囲でよろしくです」


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深く考えないこと。僕は、自分の気持ちをできるだけ口に出さないようしているのは、だって本当のことなんて全部クソだからで、どうしようもないからだ。
へらへらと思っていないようなことを笑顔で、気遣いで、お世辞で言っていたほうが楽じゃないか。みんなそうだろうけれど。
しかし、そうして本当のことを言わないでいると、自分の感情がどんどん失われていくような気がする。
だからもっと痛みが欲しい。痛みだけがこの世界で生きている唯一の繋がりであり、実感ではないか。嫌なことがあると眠くなる。どんどん自分の中に、言葉にしなかったことが深く深く沈殿していく。

僕たちは結局、誰かを誰かの代わりにしたり、道具にしたり都合よく好きになったり、チンポしゃぶり合って気持ちいいだとか、一緒の布団に入って安心するだとか、そんなことは全て当たり前の動物的反応で馬鹿らしいと言う他にない、この世界の真実だった。


あー、でも、人生なんてもとよりおかしいよ。もっと馬鹿になりたいよね。みんな、大好きだよ。愛してる。僕は僕のことをほんの少しでも好きになって、交わってくれる全員と結ばれたいと思った。