エモ捨て場

言葉にされない気持ちの墓場

ハッピーウェディング


冷や汗が出る。

上司の結婚式、二次会に招かれたのだった。
奥さんは何歳なんだろう。背が高くて綺麗な人。四十代半ばで、眉毛が濃くて、おじいちゃんみたいな顔の上司、この人よくこんな美人と結婚できたな。

何度も途中で帰ろうかと思った。来なければ良かったな。

何か理由をつけて断ろうと思ったけれど、平日の仕事終わりだったので、それに見合った用事など思いつかなかった。
しかし、上司も別に僕に来てほしくて誘ったわけではなく、他の同僚を呼ぶのに僕だけを招かないのは立場上に問題があるというだけのことだった。

形の歪なパズルのピースのようにどこにも嵌まらず、僕はただ浮いていた。
誰かと目が合うのが怖いので、目線を地面に向けたり、やたらとバイキングの料理を多く取ってゆっくりと口へ運びんだ。
こういうとき誰と何を話して良いか分からないのだった。
ドリンクコーナーは人が殺到して、飲み物の補充が追い付いていなかったので、何も入っていないグラスに口をつけることくらいしかできず、ただ惨めだった。

「あ、店員さんかと思った」
そう言われた僕の姿はただ姿勢だけがよくて、それなのに回りをキョロキョロ見渡して視線が泳いでいた。


それでも来たのは上司に少しの気持ちがあったからだ。仕事に真面目な上司は、職場の誰からも尊敬されている。彼の言葉はいつも核心を捉えているし、気遣いもできた。
上司の奥さんに挨拶をしたけれど、周りの喧騒で聞き取れなかった。
披露宴は見ておらず、そもそも上司とは仕事の話以外ほとんどしたことがないので、今回奥さんになった人がどんな仕事をしているのか、もう一緒に住んでいるのか、とか何も知るところはなかった。
名前も知らない、素性も分からない人間の結婚を祝うなんて、不条理劇のようだと思った。
 

早く帰りたい…。耐えられない…

作り笑いを、精一杯楽しいフリをしなければいけなかったけれど、作り笑いをしているということが見透かされているようで怖かった。
話している二人の輪の中に入って話しを聞いているフリをした。実際は周りの話声で二人が何を言っているかはほとんど分からなかった。
適当に眉を潜めたり口を歪ませたりしていて、しばらくやりすごしたが、二人が去ってしまうと、ただ一人僕だけが間抜けなにやけ顔を作りながらその場に残った。

でも、ここで人々が話す言葉に重要なことは何もなく、ただみんなが空白を埋めるために口を動かすだけだった。

結婚式なんて一生開くこともないだろう。自分とは一番遠いところにあるものだ。
無関係な人が集まって、幸せを祝ったり、幸せを祝うふりをしているのが気持ち悪かった。

 

「僕が歴史番組を観ることにも付き合ってくれると誓いますか?」
「たまには一緒に旅行に行ってくれると誓いますか?」
 

余興で口にされる誓い。

キース!キース!キース!

と煽る同僚や親族と友人たちの姿と、そのなかに少し緊張をした面持ちで佇む新郎新婦。
どこか未開の民族の暴力的な儀式を見ているようだった。


「これから新郎新婦の解体ショーを行います!」
ケーキ入刀で使われたナイフは思ったより鋭く、新郎は花嫁の腹をぐさりと刺すと一気に下まで引き下ろす。
血が噴き出した後、中からぬるぬるしていそうな長い腸やその他なにか分からない色々な臓がが、床にこぼれ出した。
集まった人々は我先にと臓物を掴みにかかり、それが破けて中にはいっていた汚物と血の匂いがあたりに充満した。
ウエディングドレスは血に染まって、白いところのほうが少なかった。
花嫁は満足げに穏やかな顔をしていたけど、その顔にもやがてナイフで捌かれて、そういえば中国の宮廷料理には生きたまま猿の脳みそを食べる文化があるそうで、それ用のテーブルなんかもあるらしいけれど、脳みそは持ち帰り用としてタッパに入れて来賓者に配られるのだと言う。
家に帰って口にしたそれは白子と豆腐の中間のような味がした。僕はゲロを吐いた。
 


呪いの気持ちを込めて、おめでとうございます!みんな死ね!
どうか、お死合わせに!