お墓

行き場のない言葉や気持ちの墓場です。

よくある退屈な話

2年前に転職をした。

前職は新卒で入った会社で、自分の好きなものに関わる仕事だった。

決して給料が高くないということは分かっていた。
しかし、些細な事かもしれないけれど、自分を表現できて、好きなものを応援できる仕事だと思うと嬉しかった。

 

 

そのころの僕は自分のやりたいこと、好きだと思うもののためなら、どれだけの努力も惜しまないつもりだった。
一日中仕事ができる環境だった。13時に出勤して帰るのは翌朝の7時、休みは週に1度だった。
最初の1年間は連休も取ったこともなかった。食事は歩きながら済ませた。
身体が頑丈なことだけが取り柄な僕は、毎日毎日働き続けた。

ちょうど上司からも認められるようになったとき、部署の異動があった。
今までの努力は何だったんだという気持ちでいっぱいで、その部署では仕事を早く切り上げることだけが目的だった。
懇願して一年後には元の部署に戻ったのだけれど、前のように熱意が持てなくなっていた。
いや、熱意ではなく、本当は隷属だったのかもしれない。僕は上司の言うことなら徹底的に従った。それは一種の信仰だった。(しかし、全ては思い込みで、僕はただ一つの思い込みから抜け出したと勘違いしているだけでまた別の思い込みにハマるだけなんだろう)

働くうちに、会社が人を使い捨てにするような姿勢や、サービス残業を強いるような体制、
出口の見えない山積みの問題に嫌気がさしてきた。

 

また、自分は誰にも心を開けない人間なのだと、それも分かってきた。
僕の心は二重扉で一つのカギは僕にも在処が分からなかった。

僕は自分勝手なのだと思う。きっとそうなのだろう。

就職するときに、好きなものと自分が無関係になるような人生は嫌だと思った。
それに何かしら関わって生計を立てたいと思った。

 

 

しかし、僕はその仕事を辞めた。
そもそも自分が好きなものとは何なのだろうと考えた。
かけがえのないもの、どうしても譲れない信念。
それが僕にはないと気づいた。
全てを捨てても良い。何も大切なものなんてなかった。
自分がからっぽだということに気づいた。
そして、再就職活動をするなかで、自分がいかに市場価値のない人間か、技術のない人間か分からされた。

 

 

今は自分の好きなものとはかけ離れた仕事についている。
どんな仕事についても変わらないと思ったからだ。

 

 

何によっても、心が動かされることがない。
これから何か自分を突き動かすものに出会う可能性はあるのだろうか。
自分の人生が今では遠くから眺めた余生のようにも思える。
そう思うと吐き気がする。

 

 

僕はなにか重大な勘違いをしていた。
理想の仕事に就ける人というのは、それなりの、相応の、そのための努力をしてきた人なのだ。

 

僕はただ真面目なだけで、努力もそこに向けて費やされたものではなかった。
20歳の大人が、未経験からピアノを練習してピアニストになれるだろうか。
もうずっと前から、僕の可能性というのは決まっていた。

 

いつかもっとしっかりと目標を決めていれば…。
しかし全てはもう遅いのだった。
時間は巻き戻せない。過去に戻ることはできない。
今ある自分で何ができるか考えるか、あるいは全てを諦める他ないのだろう。

 

将来のことをきちんと考えられていなかった。自分の満足いく大学も行ったのだけれど、最初にこの道を選んでしまったのは間違いだった。


何も本気ではなかった。こんな人生になるはずだったのだろうか。