お墓

行き場のない言葉や気持ちの墓場です。

ゴミ

Twitterを辞めました。
大学のころからやってたし、もう何年経っていたんだろう。
すごく時間が無駄にした気がして。
(しかし、ムダとはなんだろう。人生から無駄なものをそぎ落すことは、自らの足を食べる蛸と同じではないか
そういえば萩原朔太郎だっけ?そんな小説を書いたのは。)

何の発言もしなかった。ただ、ひとのつぶやきを見るだけ。
5年ほどだろうか、一方的に自分が彼らの日常を眺めていた。
いつの間にか、僕と彼らは知り合いなのではないかと思ってきてしまうくらいなのだけれど、
実際僕と彼らの間には何の関係もない。その関係が心地よくもあった。

人が人と繋がればつながるほど、全ては悪い方向に向かっていく。
かつてカナダのメディア学者マクルーハンは世界がインターネットでつながる事によって
孤立と個人主義が取り払われた、ひとつの原始的で部族的な村になると言った。

人と人が繋がることで、生まれるのは理解ではなく、境界と暴力だ。
人は変わらない。人は分かりあうことができない。
人が分かりあえるというのは幻想だ。


世界中の全ての人が各々誰もに対して無関心であることを祈る。

 

 

 


これは自己満足のための文章です。
自慰であり自瀆であり、しかも一種の治療なのかもしれない。
フロイト精神分析のなかで、自由連想法という方法を取った。
心に浮かぶものを自由な考えのままに連想していくことで、深層心理を顕在化する。
ここで重要なのは聞き手がいることだ。誰かがそれを聞くことこそに意味がある。

 

 

東京の近郊で生まれ、1歳年上の姉と5歳離れた妹がいる。親戚も女だらけで、男の兄弟が羨ましかった。
近所には優しいお兄ちゃんがいて、よく遊んでもらったな、思えばそれも原因だったかもしれない。
僕は幼いころからヒーローものには興味がなく、セーラームーンが好きだったらしい。
我ながら気持ち悪い。今となっては覚えてはいないことだ。


ある日夢をみた。小学四年生くらい。
アニメのキャラクターが出てきてその人は頼りがいがあって、すごくかっこよかった、みたいな夢。
いや、それよりももっと前かもしれない、小学一年生のころに読んだ児童書の主人公に憧れた。
もともと男が好きだったから、好きになったのか、
それとも兄という存在に憧れていたから、男を好きになったのだろうか。
分からない。鶏が先なのか卵が先なのか。

とにかく僕は物心ついたときから男が好きだった。
しかし幼稚園のころは、好きな女の子がいたということを母から聞いた。

いつから変わってしまったのだろう。


でも自分が男を好きということにあまり疑問も持たないまま、
それほど悩まないまま、成長した

 


というのは嘘かもしれない。

小学生のころは、スイミングスクールに通っていた。
運動が苦手な僕が唯一できるスポーツだった。
気になる男の子のちんこがみたかった。バスタオルからのぞく、まだ包皮に包まれたそれ。
タオルをすこし突き上げている勃起していることもあったそれ。
小学5年生ころからオナニーを覚えた僕は毎日悶々としていた。
想像のなかで何人ものクラスメイトと犯しあった。
僕がひっそりと覗いていたある子が、同じ中学に進学していたのに気づいた。
僕は水泳部に入ろうかと思っていたのだけれど、そうやって覗いていたのがばれているのではないかと怖く、入部できなかった。

 


そういえば、中学のころはとても孤独だった。
男を好きだということは異常だと思った。いや、今でも異常だと思っている。
気持ち悪い、と思っている。男なのに男を好きなのは自分だけなのではないかと思っていた。

 

 

中学三年生のころに、遅くまで塾に通うということを口実にして携帯電話を買ってもらった。
そこでゲイの出会い系の掲示板を見漁った。
気になる人にはメールをして、自分からも掲示板に載せることもあった。


初体験の相手は中学3年生の終わり、19歳の浪人生だった。
彼は関西から受験のためホテルに泊るのだった。
メール、電話、いやらしい写真を送りあった。半年ほどやりとりをしただろうか。

思い返すと、全然好みのタイプではなかったのだけれど、
エロいことをしてくれる、自分を求めてくれるということだけでうれしかった。
でも、彼は僕のことが好きではなかった。好きという言葉に好きと返してくれることはなかった。
僕はただの性的な道具だった。
なんであのころは無性に寂しかったのだろう。

セックスって、子供の最後の夢だよね。
僕の最後の夢は我慢汁と精液と唾液でぐちょぐちょで、
やさぐれて口から好きですという言葉が零れ落ちると床にぶつかって粉々に砕け散った。
好きな人とセックスをすれば幸せになれる、救われる、世界が変わると思っていた。
実際好きな人に好かれようと努力することで、僕は変わった。
身なりにも気を付けるようになった。どうすれば魅力的に見えるか考えた。
セックスしてもそれが好きということには繋がらないと分かった。
同じ同性愛者でも分かり合えるわけではないということが分かった。
どうしても手に入れたいものも、努力して手に入るわけではないということが分かった。

 

 

高校生になって、ゲイのいろいろな人と出会うようになった。
ファミレスの店長、弁護士、外資系のサラリーマン、声優を目指す学生、バンド活動をするフリーター、塾講師…。
それぞれセックスしたりしなかったり、
高校生っていうだけで良い価値がついたのかもしれない。

 


初めて付き合ったひとは、28歳で元海上自衛隊のフリーターだった。
朝早くおきて彼の住む埼玉まで向かった。演歌歌手を目指しているらしく、よくつまらないカラオケに付き合わされた。
大きなアリの巣が並んでいるような団地に住んでいた。それは大きな集団墓地のようでもあった。
母と同居していて、母が隣の部屋にいるのに、よくセックスした。
性欲が強く、一回のセックスですぐに二回の射精ができる人だった。
彼はつまらない嘘で、仮病でバイトを休んだ。
高校生になりたての僕が見てもダメな人だと分かった。でも求められるのが嬉しくて、付き合ってしまった。

 


僕は僕が嫌い。自信がないのだと思う。
誰にも必要とされないという想いがどこかにあるのかもしれない。

高校のうちにもう一人と付き合って、あとは大学生の間は適当に何人かとセックスした。