お墓

行き場のない言葉や気持ちの墓場です。

『匿名の彼女たち』一夜と永遠

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五十嵐健三『匿名の彼女たち』最終巻の6巻が最近出たので、今回はそのことについて書きたいと思う。
(ネタバレあり)

 

 


『匿名の彼女たち』
あらすじ:
主人公の山下貴大(33歳)は中堅商社勤務、独身、彼女なし。
趣味は風俗巡りで、タイトルの通り、名前を偽って働く風俗嬢たちとの
一夜、一瞬限りの出会いを描く…。

 

この作品が好きなのは、可愛い女の子といろんなプレイを描くみたいな
単なるエロだけの作品ではなくて、風俗で働く女の子の、ほんの少しの会話や仕草から垣間見える
思い出、感情、主人公が感じる行き場のなさ…切なさが描かれているところです。

 

その切なさっていうのは、例えば一巻でこんな会話がある。

 

 

「親父さんと仲良いの?」
「よくわかんない。アイツ仕事ばっかであまり家に居なかったから…」
「あ~でも最近よく会話はするのよ!アイツに子供ができてね…」
「それがちょー可愛いのよ!まあ腹違いなんだけどいちおう姉弟よね…」
「もう少し大きくなったら一緒にお人形遊びするんだ!まぁ親父念願の男の子なんだけどね」

 

風俗で求めているのは、特定の愛すべき女性ではなく
ただ、性欲を満たすだけのために、顔やプロポーションが整っていれば誰でもいい他人、関係のない人間だ。

 

しかし、その娘がどんな家庭で育ってきたのか、今までどんな想いでいきてきたのか? ふとした瞬間に少しでも知ってしまうと
お互い無感情な全くの他人同士ではいられない。

彼女たちは誰でもない誰かではなく、ただ一人の女性となって彼の前に現れる。
しかし、彼女たちの人生と深く関係するわけではなく、ただ一人の人間の寂しさや切なさを知って、すれ違っていくだけだ。

 

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また、僕が特に気に入ってるのは、2巻でデリヘル嬢ミユウちゃんと店外デートをする回だ。

会社で想いをよせる女性に彼氏がいることを知ってしまい、そのショックを埋めるために「誰でもいい」と彼女を誘う。
手をつなぎ、一緒に食事を分け合い、観覧車に乗り、二人はドライブデートを楽しむ。
しかし、山下はシャワーを浴びる彼女の携帯に客から卑猥な留守電があったのを覗き見てしまう。
山下は帰りの車内で留守電を聞いてしまったことを話し、「俺以外にもデートしたりsexしたりしてるのかな…」
と言葉をもらす。ミユウちゃんは自分をデリヘル嬢だと分かってデートに誘ったのに、そんなことを言うのは最低だと言って車を降りる。
山下は、ミユウちゃんへ電話をかけるが繋がらず、彼女を傷つけたことを最低だと思う反面、他人と深く付き合うことを避けれたことに安堵する。

 


僕は山下の気持ちがよ~く分かる気がする。
好きな人に抱く清楚でいてほしいという幻想や、たった一度身体を重ねただけでも、その人のことを独占したいと思ってしまう
アホさ加減とか、男って本当にバカで情けない生き物だと、実感する。

 

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そんな『匿名の彼女たち』の6巻では、想いを寄せる会社の後輩である郷田さんと
最初で最後のセックスし、そのあと告白するのだが、そこでこんな会話をする。

 

「私・・今日とっても幸せな気持ちになれたんです」
「いろいろあったけどでも最後に」
「多分一生分の幸せをもらって…」
「だから私もう可哀想な女じゃないんです」
「今日のことでこれからどんなことがあっても生きていけるって思えたから…」

 

結局、山下は郷田さんに振られ、何年か後にばったりとスーパーで彼女と出会う。
彼女には子どもがおり、幸せそうな姿をみて山下は涙をこぼす。

 

この漫画のテーマはこの最終話にある気がした。
それは鶴田謙二の『おもいでエマノン』に通じるようなものだと思う。

 

 

つまり、一瞬の愛も、永遠の愛もその価値は変わらないというか
郷田さんは山下からの愛を信じていないというわけではなく、
一瞬愛されただけでそれだけで満足した、だからそれ以上のことはもう求める必要がないということなのだと思う。
夫婦になることが世の中では正しいと信じられているけど、
愛は一瞬でも愛で好きだという気持ち、他人を肯定する気持ちには変わりがなく、
ひと時の愛でそれは意味のある事だということなのではないか
永遠の愛も刹那の愛にも同じ価値がある

だから風俗嬢と体を重ねあう一夜限りの恋もそれが偽物だとか本物だとか、そんなものにこだわるのは意味がなく
一瞬すれ違っただけでも好きという気持ちはずっと残る
結婚とか夫婦になること、誰か一人を愛し続けることと
誰かを一瞬でも愛することに本当は違いなんてないのではないか。
夫婦でいたとしても、その人のことを好きになって嫌いになってそれを繰り返すだけだ
だから風俗嬢との出会いがムダというか、生産性のないものではないとかではなくて、
山下がたとえサービスを受けるとかそんな関係でも、その瞬間にお互い満たされたなら、
それで生きていける瞬間があるかもしれないし、
一瞬でも愛し愛され、誰かの気持ちを慈しむことができたなら、それは幸せだ。
たとえ風俗嬢との一夜の逢瀬でも人を愛する気持ちに変わりはない
誰かに好きと思われた、という思い出があれば、生きていけるそんな瞬間があるのではないか


…と勝手に解釈しました。

 

あ、あと毎回表紙のデザインがすごくかっこいいので(画像参照)それも大好きなところです!五十嵐健三先生次回はどんな漫画を描いてくれるのかすごく楽しみです!

 

 

おわり