お墓

行き場のない言葉や気持ちの墓場です。

本を読むのが好きでした。(今は?)

本を読むのが好きだった。

今も好きなのか?と聞かれると、ちょっと迷う。
活字を読むのってそれなりに集中した時間が必要で、
働くなかでそれを娯楽とするのは少し疲れてしまう。
簡単に読めるTwitterだったり、気休めになるゲームだったりを
することが多くなった。

 

 

でも、やはり、ふとした時に自分に本が必要だと思う
瞬間があり、そして手に取ってみることがある。たまにだけど。
本は好きだけど、今はそんな存在。

ちょっと今まで好きだった小説について振り返ってみたいと思う

 

 

幼稚園
なんとなく絵本とか好きだった覚えがある。
ポケモンの絵本とか暗記するほどよく読んでたかな。

 

 

小学生

(~3年生くらい)
はっきりと本好きを意識したのがこのあたり?
講談社青い鳥文庫はやみねかおるの「名探偵夢水清志郎事件簿」とか
あさのあつこの「テレパシー少女蘭」シリーズとか読んでたなぁ。

 

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はやみねかおるはこの後高学年くらいまでずっと好きで
「都会のトム&ソーヤ」とか他の短編もめちゃくちゃ読んだ。

はやみねかおるの好きなところは、「事件を解決して不幸になるなら謎解きはしない」って探偵がポリシーを持ってること。
名探偵コナンとか、なんであんなに、他人の人生にズケズケと足を踏み入れて
自分勝手に誇らしげに犯人を追い詰めることができるんだろうと思う。
そこまでの覚悟がお前にはあるのかと問いたくなる。

 

 

それはさておき、ここがはじまりでたくさんミステリー読んでいった。
男の子で小説にはまるとき、たぶんミステリーかSFかの二択だと思うんだよね。
僕はミステリーだった。

 

 

あと、なぜかよく覚えているのが「パソコンライダーたけし」っていう
ちょっとした挿絵のついたなんか子ども向けの小説みたいなやつ。
死んだおじいちゃんが残したバイク(高性能のAI付)みたいなのに乗って
事件を解決していく…みたいなあらすじだったと思うんだけど、

これ、最近ふと思い出してネットで検索しても画像一個もでてこなかったんだよね。
ちゃんとした出版物だったけどインターネット時代に検索出てこないものなんてあるんだと
まあ当たり前かもしれないんだけど、改めて実感した。

 

『友達は1/2ゆうれい』とか学校の読書感想文で読んでなぜか頭に残ってる。

 

児童文学って一瞬だけ子どもの心に寄り添って、
でも人々から忘れられていく儚いものだなあ。

ラノベも同じだけど、ちゃんと完結しなかったりするしね。

 


(小学高学年)
ハリーポッターとかブームだったけど、それには一切目もくれず、
僕は「ダレン・シャン」とか「デルトラクエスト」とか「ルイスと魔法使い協会」とか
あと海外児童向け文学だとレモニー・スニケットの「世にも不幸なできごと」シリーズが
結構好きだったなぁ。アレックス・シアラーとかもよく読んでた!

 

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あとは、大人向け、というかふつうの一般の小説を読み始めたのもこのころ。
ちょうど六年生くらいのときに金原ひとみと綿谷りさの芥川賞ダブル受賞があって
蹴りたい背中」「蛇にピアス」両方読んだのだけれど、
どちらも性的な部分ってでてくるじゃないですか。
それが、なんか嫌悪感があって、なにかいけないことをしているような
居心地の悪い気分になってあまり面白いと思えなかった。

 

 

でも後々、中学3年生くらいのときに読み直して二人ともにすごくすごくはまって
とくに金原ひとみの「アッシュベイビー」は人生のベストに入るくらい
あの文章のドライブ感とか疾走感、好きという気持ちの暴走、ぜんぶ含めて大好きだ

 

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(中学生)
友達もいなかったので本ばかり読んでた。
確か小学高学年からライトノベル読んでたんだけど、ここから本格的にはまりはじめた。

世間では涼宮ハルヒシリーズとか灼眼のシャナとか流行ってたんだけど、
なぜかメジャーなメインストリームにはあまり惹かれずちょっとずれたところを進み続けた

まずは「キノの旅」そして長いながい「魔術師オーフェンはぐれ旅」シリーズ
今となってはあまり覚えていないんだけど、オーフェンシリーズってすごく設定がしっかりとしていて
魔法も人間が使う魔法は声を媒体にしていて、声が響く範囲しか魔法が届かないとか
ギャグの感じとかも面白くて結構読んでたなぁ。

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それから、今でも大好きな上遠野浩平先生の「ブギーポップ」シリーズ!!
上遠野サーガの虜ですね。「ブギーポップは笑わない」からはじまる、
主人公になれない若者たちの群像劇、そして能力バトル、もうどっぷりと浸かりましたよ。

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そのあと無事、西尾維新にはまりました。(笑)
そのころはまだ戯言シリーズくらいしか出していなくて、完結間際(「ネコソギラジカル」中あたり)
でいろんな書店でバラバラに表紙のしおりを配ってたりしたんで、書店を渡り歩いた思い出が…

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清水マリコも大好きでした。

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アマゾンのランキングを片っ端からみて面白そうな本をピックアップするみたいなことやってましたね…。
それぞれの本もあとで考えてみれば、それぞれの小説の影響関係とか分かるんだけど
後々になって西尾維新森博嗣上遠野浩平に影響を受けてるとか、あとからインタビューとかで知るようになりました。

このライトノベルブームと並行して
森博嗣大先生も大好きで意味も分からず「すべてがFになる」とか読んでましたね。
森博嗣小説の名言集とか買ったりして。
S&Mシリーズとか読まないのにブックオフとかで見つけては買ったりして。
それ以上に好きなのは『スカイ・クロラ』シリーズ。表紙もこれ以上ないほど美しかった。

 

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あーもうこれはたまりませんよね。

あとは、ここらへんで金原ひとみ・綿谷りさ・本谷有希子にはまりはじめました。

(高校)
ちょっと友達もできて読書から離れてきた。

たぶんいろいろ読んではいたと思うけど、そのなか
でも衝撃を受けたのは、坂口安吾の「文学のふるさと」かな。

 

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安吾は教訓のない、最後に突き放されたような気持になる物語
赤ずきんちゃんのように、オオカミに食べられて物語が終わるような)
に人間のふるさと、文学のふるさとがあるのではないかと言った。

これは僕にとって何か人生を変えるような大きな考え方だった。
それから坂口安吾の「青春論」・「堕落論」・「日本文化私観」などなど
どれも頭をカナヅチでぶん殴られたような衝撃を受けた。

 

 

 

(大学)
大学に入ってからは哲学に興味が出てきて、哲学書とかも
まぁ、ざっくばらんにいろいろ読んだ。

友達のススメで村上春樹村上龍とか読んだのだけれど、
そんなにどっぷりはまり込んだわけでもなく。

大学時代に読んで一番衝撃を受けたのはたぶん吉村萬壱だと思う。

 

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感覚的な描写とユーモア、人生のみじめさ、暗さ、何もなさ。
救いのないこと自体が救いになるような、
これも自分の考えを変えた小説だと思う。

 

 

 

 


…といろいろ書いたわけだけれども、読書ってマイナーな趣味だなってほんとに思う。
読書好きの人でもそれぞれ趣味が合わなければ、話も合わないし、
今までどっぷりとだれかと読書の話をしたことってなかなかないよね。

 

一度、本好きの友達と本屋さんの「あ~や」までをお互いの読書遍歴も交えながらじっくり歩くっていうのを
やってすごく面白かった!誰かとまたやってみたいものです。

 

みんな忙しくて、本なんて読むひまないよねって社会人になってから感じた。
それに、若くて心が機敏だったときこそ、本って面白く感じるもんなんだよねきっと。

 

今読んでも面白く思わない小説ってきっとたくさんあるだろうし。
だから誰かの言葉で「人生は短い。あの本を読めば、この本は読めない」みたいな言葉があってたぶん本来の意味としては「人生では一つの選択をしたら別の選択はできない、時間は限られている」みたいなことを言っているのだと思うのだけれど、一冊の本を読めばその時点で心が変わってしまって、あの本は面白くよめても、それを読んだせいでこの本は面白く感じることができなくなってしまう、みたいなものが本を読むってことなんじゃないかなーと勝手に曲解しています。

 

 

おわり